絶海の孤独 破滅への暗い情熱 〜知盛〜
2003年 歌舞伎座(昼の部) 2月 1日、9日
2001年4月歌舞伎座での初役の知盛から一年十ヶ月。こんなに早くまたあの知盛に逢え るとは予想外でした。嬉しい。 そのときの知盛も、初役とは思えぬ素晴らしい知盛で、七回逢瀬に通ったのでした。 何よりも美しかった。
そして、今月の知盛に一番強く感じたものは“孤独”抱きしめてあげたいようなやるせない 寄る辺もない孤独。けれども、その抱きしめようとする手をさらりと自覚もなくかわしてし まいそうな孤独。同情や共感を静かにはらうかのような絶対的な孤独。 負けるとおもっての戦いではないと思う。自滅的に挑んだのでもないと。安徳帝や典侍の局 を守る心、平氏を救おうという心も必死にある。とはおもう。思うけれども、そこはかとな く漂う、暗い情熱。。滅びの中に安息を見出すような、血の中へ埋没してしまい、輪郭を消 すような、肌を粟立たせるような孤独が、知盛にはりついている。甘味のかけらもない寂寥 が、痛みへの同情すら受け入れないような哀しみが、もろもろの負の宿命が彼にある。 それでいてしんとした静けさ。
前半渡海屋の大らかなたのもしげな銀平さん部分から、白装束になっての凛々しさから、 満身創痍の純白を朱に染めた凄絶な知盛、さばき髪に隈どり、額の傷に目から頬にかけて流れる 血。手負いの白獅子、その美しさ比類もない。人間離れした大きな軍神のようなその姿。 それでいて果敢なさたとえようもない。 姿の立派さ、美しさもさることながら、血を吐く台詞とはこのことだとおもう。 手負いの出の「天皇には〜いづくに〜お〜わ〜す〜…おちの人〜、すけぇの〜局〜」の呼び掛けか ら、義経一党とのやりとり、安徳帝のあいそづかし(?)を聞くときの背中の表情、何よりも義経 が帝を守護して九州へ落ちると聞いたあとの「昨日の敵は今日の味方…あら、うれしや…ふふ… はは…ふふふふふ…ははははは…心地よやなあ〜」の笑い声の震撼。泣き笑いのようなその笑い。 万感の想いの笑い。この笑いがすべてを物語っているような。 そして、帝を見遣り最期をとげるために岩をのぼっていく。 まるで殉教者のような。それでいて殉教者の陶酔はなく。最期のときに何を想って落ちていくのだろ う?と考えさせる。勇猛であって美しく賢く、強い。この世の栄華も衰勢も見つくして、単純な善 悪で源氏に恨みを残すこともなかろうし、帝に対し、今助かっても永らえるとは考えてなかろうし、 そう信じるにはあまりにも明晰な彼であろうとおもう。この世を去るにあたって、すでに自分の使命 を終えたと、いや終ったと選択して死んでいくのかもしれない。 結局、人間というものがどうあっても“ひとりっきり”であるということなのか、愛し、愛される者 がいて、守り敬う者がいたとしても、人間が肉体から一歩も出られない以上は、どうしても一体にはな れない。だからこそ、人は他人を思い遣り、他人の気持ちを想像し、円滑に人生をすごそうとするのだ が。ひとつにはけっしてなれないからこそ、愛おしさが募りもするのだが。やはり、人間は自分の心も 行動もわかっているようでわかっていないという、人間の矛盾、それでは幸福や不幸とは何なのだろう? 人はなぜ生きて、どうやって死んでいくのだろうと、人間の存在意義までもを考えさせる知盛だった。 あなたの“意味”はなんだったのか?と。 「お〜〜〜さあああ〜〜〜らあああ〜〜〜ばあああ〜〜〜…」の一言に何がこめられているのか知りたい。 とにかく私の中で“お芝居である”というカタルシスさえ与えてくれないほどの知盛で、心を乱される 知盛だった。願わくは彼の魂が、せめて彼岸では安らかであって欲しいと祈りにも似た気持ちを抱えて 静かな混乱を持ったまま現実に投げ出されたるよな芝居でした。はい。
銀平さん部分をあっさりと演じられたのは知盛部分を盛り上げるためか?もちろん、やってることに 過不足はなく、大らかに貫禄もあり、たのもしげな銀平さんなんですけど。まず、やっぱり、煙管喫煙が うそんこで、これが私的にはとても残念。むろん歌舞伎芝居として酒をのんだりお茶を飲んだりするのも 実際にはフリだけであって、ほんとに喫煙しなくても芝居そのものに影響はないのですけども。 ほんとこりゃアタシの個人的な残念さっつーことで。 と、相模五郎と入江丹蔵が魚づくしで銀平さんにブツブツ言ってると、合間に威嚇的に「うぅ〜ん?」 「どうしたとぉ〜?」だったのですが、(前回は)今回は、初日時も、本日、9日も 「うぅ〜ん?」「うぅ〜ん?」 だったです。ま、これも芝居そのものに影響はなく、こういうものだ とおもえば気にならないですけども。そうじて銀平さん部分は前回よりも控えめな感じ。 なんぞお考えがあっての演技プランなんでございましょうねぇ。
と、初日観劇時「ん?ちょっと顔が濃いかしらん?」と感じた知盛さんの血まみれの顔。これが、私の目が 確かならば、初役のときの知盛さんとは隈がちょっと違うよう。えっと、今回の知盛さんは、まぶたの輪郭(?) のような部分にまで青隈が。ま、これも芝居を邪魔することなく、今日の観劇時に気にして見ていたから わかっただけで、知盛の凄絶さを邪魔するものではありません。でも、その隈がなくても迫力に遜色ないとも 思いますけど。あと、初日時には「出家せよとか〜」は「発起せよとか〜」になってました。
しかし、胸が痛い。。。吉さまはどこまでいっちゃうのでしょうねぇ。どこまで超人的になられても そりゃ、………絶対…… 憑いていきますけどもね。
でね、昔話をひとつ。あれは96年の歌舞伎座顔見世であったかなあ。(ちょとうろ覚え)俊寛吉さまを 観ました。その頃、どーすれば希望の席をゲットできるかもよく知らなくて、チケ松でなく、知人に頼んで チケットを買いました。で、その知人が「ねぇ、一緒に島に残りたくなっちゃうよな俊寛でしょ?」と。 アタシ、その頃は今よりももっともの知らずではありましたが、やっぱり今と同じく、俊寛にはそー感動し てなかったのです。んが、今よりは愛想のある見方をしてましたし(笑)知人に調子を合わせるごとく 「うーん、そうねぇ」などとあいまいにあいづちうってました。 で、俊寛と一緒に島に残るのはのーさんきゅーですが、 知盛吉さまとなら…
一緒に入水したい! 地獄の底まで憑いていく。とおもう私なのでした。じゃ。
2003年 2月 9日 夜 記 寝ても醒めても 表紙へ