純白の美貌 清らげに聖なる知盛
歌舞伎座 夜の部 4月 3日 い列21番 7日 三階東袖ろ列20番 13日 い列27番 17日 い列19番 23日 い列20番 25日 い列25番
5月 6日 夜 記
みずからが創り上げた偶像に捨てられる使徒、現人神としての安徳帝をそのように育てあげたのは、 知盛はじめとする周囲の者たちだろう。生まれおちたときから、いや生まれる前からそのようにしか 存在を許されない者として。ただ尊くあればよい。感情はもたずともよい。ただ尊く仰ぎ見る神とし て象徴としてそこにいればよい。そんな風に。 そんな歪な者に何を望むのか?よしまた本能としての頑是なき童の心があったとして、それは無垢な だけにもっとも残酷な言葉を罪の意識なく吐くであろう。残酷な神のように。 安徳帝に捨てられた形の知盛は何を望むのか?一天の君と生まれながら六道に堕ちた我が君・・と 落涙してもそのように存在させてしまったのは自分たちであろう。 そして知盛はそれを知っている。知っていてなお言わずにはいられない人間の弱さ。 それゆえの愛。全き存在の孤独。 あなたを抱きしめてあげたかった。
怨恨よりも悲しみ、執念よりも諦念、凄絶さや荒らぶる魂よりも深い深い底無しの哀しみ。 誰に対してでも何に対してでもない存在そのものの人間の原罪の哀しみ。 あなたを見ていると淵に吸い込まれてゆくようだった。 何を恨むでもない、それでいて悟りすまして安らかに死ねたわけでもない。にも関わらず、我々凡人 の代わりに原罪を贖う殉教者のようにも見えた。だからこそ、やるせなく切ない。 そして、おそらくは浄化された魂として安穏と黄泉の国に行けたとは思えぬ彼の姿は痛ましく貴い ものに見える。 その魂が死後も安らかに眠ることはないであろう。救われることのないさまよい続ける魂。救われる ことはないけれどもその汚れない魂が、凡人である我々の原罪をあがなう。 でも、その身替りの浄化は、人間としての哀しみや念は消えることなく彼の魂が永劫に彷徨するであ ろうことを想って、胸に痛みを残す。治りかけながら、いつまでも消えない傷跡のように。 痛みを残す浄化なのだ。それはきっと吉右衛門の知盛以外からは感じられぬ感覚である。 浄化と痛み。感動の形の一つとして、こんな想いを体感させる役者は他にいない。 私にはその舞台を見られることが奇跡のような幸福である。人間を離れた憎悪と憤怒の物になりなが ら涙を流す。血の涙を流す。そこにはある種の人間の真の姿がある。人間の原形のようなものが。 そんな奇跡を見られることは怖いように、そして、痛みをともなう幸せである。 大きく凄まじいように美しかったことは言うまでもない。
4月 3日 夜 記
魂は肉体から離れていこうとしている。彼の肉体に包まれた、彼の憤怒、絶望、諦念、憎悪、執念。 深い深い、憐憫を寄せ付けぬ哀しみ。血まみれの顔で、笑うその声は人の心をかきむしる。哀しみの深 さに肌に粟だつ想いをさせる。荒波にさらわれるようなその感覚を何と言葉にしてよいのかわからない。 栄華の夢も見た、この世の華は愛でてきた。そして、裏側も知っている。平家の公達武者。彼は理 解している。栄枯盛衰は世の習いと。清盛の傲慢さも知っていた。矛盾を抱えた胸のうちに沸き上が るもの。人間が動かせるものなど微々たるものだと知っている。知っていてなおも激さないではいら れないその胸のうち。 純白の銀糸の縫いのある豪奢な武者の死に装束。勝利を盲信できるほど愚かではない。勝敗を超え た純粋さであっても、その純粋に溺れるほど蒙昧はしていない。それでもなお彼は純白だ。この出陣 前の死に装束の純白が白無垢にも見える。その白の美しさと彼の無垢。 そして、満身創痍の血にまみれた白。ぞっとするほどの色っぽさと美しさ。彼の純白を汚すものが源 氏とういう名をもつ運命であったろう。時代が変わればその冒涜者の名も変わる。 彼はそれを知っていた。知っていながら、呪詛の言葉を吐き、汚らわしいと敵の情けをはねのける。 その汚された彼の無垢が胸を締め付ける。人間の中にあるすべての感情が、普段生活している常識枠 の中で生きるしかない普通の人間の中にもあるすべての感情を、これでもかというくらいに目に見え る形で見せてくれる。その命を削るような舞台。私は泣いた。涙はこぼさなかったが私は泣いた。 胸の中で叫んだ。言葉にならぬ叫び声をあげた。鼓動は激しかった。目はまばたきを惜しんで見つめ たため、乾いていた。それでも私は泣いた。その負の感情の裏には、平家への忠義や、幼い安徳帝、 典侍の局への憐れみや情愛もある。滅び去った平家の一門への哀惜も。その人間の抱える矛盾の苦し さに泣いたのだ。 カタルシスは死。それ以外ない。海の底で彼は安らぐのだろうか?それとも永劫に苦しみの魂のま まなのか、私にはわからない。 たかが、一時の現実逃避の芝居見物。言ってしまえばそんなもの。でも、私はその時間が愛しい。 切ないほど愛しい。吉右衛門の舞台を見られて痛いように幸福だと思う。今、生きていて、今の吉右 衛門を見られることを一回、一回、大切にしたいと思う。
つーわけで、綺麗だったよう〜ん。死に装束の純白。でっかくて、毛皮みたいななぎなたカバーや 毛皮みたいな履き物も全部白で、烏帽子は銀色。巨大白クマの大王のように美しかったのよ。 銀平さんは、ゆったりと大人で強く頼もしい。へえ、樋口と似てるなぁ。余裕しゃくしゃくだなぁ。 と、途中までは私も余裕しゃくしゃくだったのさ。死に装束の白づくしを↑のように比喩できるほど。 が!花道から、白の衣装を血ぞめに、髪はざんばらに、額に傷の、青い隅どりのその顔。傷だらけの 男のエロチックさ、もちろん素肌はまるで晒していないのに、白の衣装に深紅のしみ。それだけでエロ チック・・・ 息も絶え絶えになりながら、なぎなたをふるうその姿はものすさまじい美しさだった。そして、義経 や源氏へ呪詛の恨み言を吐く、その一方で清盛の驕りたかぶりの罰でこのような目に合うのか?と事 実と現実も理解している。その彼の笑い声。こんな笑い声を聞く機会は普通に生きていれば一生のう ちに一度も無いだろう。見ないはずのものを見、聞かないはずの声を聞かせる。それを実感させる。 身体感覚で感じさせる役者の力。吉さまは、ここのとこすごい。圧倒的な存在感を顕しながら、儚い。 優しい孤独と力強い儚さ。吉さま舞台を見終えて死んでしまってもいいと思うくらいだ。(死んだら 次の舞台が見られないから死なないようにするけどね(笑)) 命削って見せてくださる舞台なら、こっちも命削って見させていただきます。
ああ、まとまらん。ただ、黙っておられぬ勢いだけで書きつらね。 ちょーコーフン状態だとおぼしめし、ご容赦。 昼夜見てね、昼の大江さんは、かっちょいい、実あるたぬき政治家、長兵衛親分はこりゃ、また かっちょいい。でも、夜の知盛さん見たら、全部すっとんでしまいました。。。(^^; あ、うそ。長兵衛親分の・・・ ナマウデ、ナマムネ、ナマアシ!
今夜のところは以上。オイオイ。(^^;
2001年 4月 3日 夜
寝ても醒めても表紙へ