与兵衛・透明な堕天使:仁左衛門

1998年 9月 11日歌舞伎座

「女殺油地獄」

作  ・近松 門左衛門 
   三幕
    

あらすじ

『女殺油地獄』は、人形浄瑠璃、歌舞伎の全体を通しても珍しい、放蕩無頼の不良青年を主人公にし
た異色の作品。しかも、その与兵衛を単なる悪党ではなく、意志薄弱の近代的な性格に描き、与兵衛
をめぐる複雑な家庭環境や、継父と実母らの義理と情愛のからみ合いによって、江戸期封建時代の
”家”の実体を克明に描写している。

 油屋「河内屋」与兵衛は実父亡きあと継父となった元番頭の徳兵衛に義理の仲との遠慮またもとは 主筋の子供ゆえの遠慮から、甘やかされて育った放蕩バカ息子。二十歳になっても商売にせいを出すわ けでもなく、悪友仲間と芸者遊びやらの放蕩三昧。借銭負って、妹まで巻き込んで徳兵衛に金をせび るが、一蹴され、顔見知りの豊島屋の内儀お吉に泣きつくが断られプッツンして殺してしまう。 ほんとにアホな計画性のかけらもない、身体だけが大人のしょーもない「お子ちゃま」本当の悪党に なりきれるほどの肝っ玉もなく、その場その場の感情に身をまかせ破滅していく、ある意味万人の中 にひそんでいる「自分の欲求だけを満たしたい」という願望を具現化した青年像のような気がします。 だって、働かずに好き放題して都合が悪くなったら尻ぬぐいしてくれる人がいたら・・・そりゃこれに こしたことはない・・って、そんな風に考えるのは私だけでしょうか?(^^;
 この「くん」づけで呼びたい与兵衛の無邪気な子供の明るさと、残酷さ、動物のように本能だけで生きている かのような生き方。冷静に考えるととってもわがままなしょーもない奴を、魅力的(?)に見せているものは 何なのか?それは「自分にだけ正直に生きる」ということにやはり、憧れを抱いてしまうからのような気がします。 喜怒哀楽すべてが露骨なまでにはっきり表れるよへいくんの若さの持つ刹那の輝き、殺しにまで至ってしまう 暗黒の深さまで、ただ自分の感情に素直すぎるくらい素直に従った結果のよへいくんの生き方が向かうところ は破滅であっても人間の心に潜むひとつの真実に触れるからこのよへいくんの人物像が魅力的に映るのではない でしょうか?怠け者で考えなしの私には特にリアルに感じられる人物像でした。   そして、与兵衛を演じる仁左衛門の「役になりきる」という演技。二十歳で初演、当り役となった与兵衛を 「与兵衛を本当の悪人という解釈で演られる方もありますけれども、僕の場合は、精神的に虚弱体質というか 根は気の弱い男として演っています。(中略)そして、お客さんが見てどこかかわいい所がある人物に・・・」 との考えで演じているとのこと。確かにこのよへいくん、めちゃめちゃ可愛いです。徳庵堤の盲縞の着付けに 羽織の明るい華やいだぼんぼん然とした様子の可愛らしいこと。この考えなしのパアな美しいぼんぼんが最後 には血みどろの殺し場を繰り広げるとは・・・
   ご執心の芸者小菊が与兵衛(仁左衛門)を振って、野崎詣りに来たと知り、悪友どもと後を追って野崎観音 に通じる徳庵堤の茶店に通りかかるよへいくん。そこには商い仲間の油屋、豊島屋七左衛門の女房お吉(雀右衛門) が子供を連れて夫の七左衛門が来るのを待っています。ここで日頃の行状にやんわり説教されたりしますが よへいくんはどこ吹く風。お吉はあきらめてお参りに出かけて行きます。小菊がやってきてよへえくんは詰り ますが、手練手管の言い訳に怒った顔もすぐ鼻の下を伸ばした笑い顔になるよへいくん。可愛い・・・ 会津の客が追いついてきてよへいくんと一悶着。手当たり次第に投げた泥が通りかかる馬上の小姓頭の小栗 八弥にかかってしまう。その先払いはよへいくんの伯父の山本森右衛門。間が悪いっすねぇ。主人の手前甥の 所行を許すわけにいかず、よへいくんに斬りかかりますが主人になだめられひとまずことなきを得ます。 「下向には首はねる」と言い残されてよへいくんはオロオロ。  そこへ戻ってきたお吉は見かねて着物をすすいでやろうと子供を外で待たせ、喧嘩騒ぎの助けを呼びに茶 店の婆さんもいず無人となった茶店によへいくんと2人で入っていきます。(お吉も恋愛感情ではないけれ どよへいくんに好感は持っていたんじゃないのかなぁ・・) 追いついてきた主人七左衛門(富十郎)は子供から「かかさんは河内屋の与兵衛さんと二人ぃ、帯解いてーべ べ脱いでー」と聞いて誤解してしまいます。(そらそーでんがな)茶店から出てきて「面目ない・・」としょげ ているよへいくんも可愛いです。 七左衛門はお吉がいきさつを説明しても聞く耳を持たず皆をせかして去っていきます。後に残されたよへい くんは戻ってきた茶店の夫婦にあざ笑われながら、伯父の下向を恐れて、それでも空威張りでふんぞり返って 去っていきます。
 それから数日後の天満町の油店河内屋。独立して順慶町に店を構える長男の太兵衛(東蔵)が来て、伯父の 森右衛門は先日の徳庵堤の一件で家中にいづらくなり、責任を取って暇を願い出て4〜5日中に大坂へ下る。 と知らせにくる。こんなことになるのも継父の徳兵衛(三津五郎)が遠慮して、甘やかすから・・と意見、今 こそ叩き直すいい機会と説得。娘のおかち(孝太郎)は病の床に。病気平癒の祈祷をしにきた白稲荷法印と入れ 替えに太兵衛は帰り、やがてよへえくんが油桶をかついで商いから戻る。新町の払いやら節季で物要りなので金を せびろうと「野崎で会った時伯父が借金を申し込んできた」と嘘。(アホやこいつ・・)徳兵衛は取り合いません。  すると、祈祷を受けていたおかちが突然「我は先代徳兵衛じゃ〜病を治すには自分の婿取りはやめて、与兵 衛が想い焦がれる人を請け出して嫁にした上、兄夫婦に所帯を渡すように」と言い出します。結局、受け入 れられぬと知ると徳兵衛を蹴りまくり、止めに入ったおかちが「心入れ替えて商いにも精出す孝行もすると 言ったじゃないかえ?だからあんな恐ろしい死人の真似を・・」そうしてくれたら放蕩三昧もやめて親孝行 するとおかちに吹き込んで打った芝居でした。そして理不尽にも「絶対言わぬと誓言たてたに・・」と逆ギレ して病の妹までも蹴りまくり・・・  そこへおかちの薬をもらいに行った母おさわ(吉之丞)が戻ってきますがよへいくんの行状に呆れ果て叩き 出そうとするも叶うわけもなく、逆に母にまで乱暴をはたらくよへいくん。両親ともどもから出ていけコール をくらったよへいくんは強がりを言いながらもぐずぐずしていますが結局2人の怒りの激しさにしょげかえって 出ていきます。  その後を見送りに追って徳兵衛が「ああも似るものか・・まるで主人を追い出すようなおそれ多いことじゃ」 と嘆きます。この継父徳兵衛はただなさぬ仲への遠慮というより、わがままでしょーもない亡き主人に似た よへいくんを一番愛しているのでは?と想わせるしんみりじんわりする場面でした。 ふてたよへいくんが足を膝に乗せても怒れず、立ち上がるときもその足を丁寧におろして、はだけた裾を直し てやり小さい子供にするように横むきに寝そべるよへいくんのふくらはぎあたりをポンポンとたたいて立ち 上がる。私こーいうのに弱いっす・・・(*^^*)
   いよいよ、殺し場の舞台となる豊島屋油店の場へ。 本天満町の豊島屋。出先から戻った七左衛門は、集金した金を戸棚にしまわせると、節句前に掛取りを済まそう と再び出かけていく。お吉は娘の櫛の歯が折れたり、夫が野辺の送りのように立ち酒しそうになったり、不吉 な思い。  一方、追い出されたよへいくんは豊島屋を頼っていく途中、茶屋の払いに困って借りた金の催促を受ける。 借金取りとやりとりをしてあてもないのに「河内屋与兵衛も男じゃぞよ」と見栄を張る。頬かむりをした消沈した 顔が美しい・・・そうこうするうち両親ともども金を持って、時間差で豊島屋へ。与兵衛が現れたら、自分からの 金と言わず渡してやって欲しいと父徳兵衛。あとからやってきた母おさわは、自分も同じことを頼みに来たのに そのように甘やかすからいい気になるのだと徳兵衛に詰め寄る。すると・・・懐から金と一緒にちまきが・・ どんなにぼんくらなもう子供ではない大人の息子でも母親にとっては、いつまでも幼子と一緒なのだなぁ・・と ホロリ。鬼の目にも涙。2人は金をお吉に預けて去っていき、両親を見送ったよへいくんは豊島屋へ入って行く。 お吉が差し出す金を見ても驚かないので、実はすっかり話を聞いていた。親の心が身にしみた、しかし、これでは 足りないのであと、二百目借して欲しいと頼みます。お吉は徳庵堤で着物をすすいであげただけでも不義を疑われ たのに亭主の留守におなごが金を借せるかいな・・とはねつけますが、図に乗ったよへいくん「疑われたとあらば もっけ・・いっそ不義になって借してくだされ・・なぁ、お吉どの・・」色っぽくも猫がゴロゴロいうようにすり 寄りしなだれかかります。ナルシス君ですなぁ・・よへいくんてば・・  当然のごとくはねつけられたよへいくん、一転、実はこれこれこういう金を借りてしまい明日までに返さねば親 に難儀がかかるゆえ・・と泣き落としにかかりますが、お吉はもう聞く耳持ちません。  ここが運命の岐路だったのでしょう。泣き落としを先にしていれば、お吉は金を借していたかもしれず、よへい くんは更正したかもしれない。もし、更正しないで破滅の道をいくとしてもお吉は殺されなかったかもしれない。 お互いのほんのちょっとのすれ違いで運命が大きく変化する。あの時、あれを言わないでいたら・・・人生の不思議 そして、狂気と現実世界の「正常さ」は紙一重。  「借りますまい・・」妙に力の抜けたよへいくんの声。そのかわり、油を分けて欲しいと頼むとお吉もこれには 応じて、油を汲みに立ち上がります。脇差しを抜いて殺意に固まったよへいくんの切羽詰まったとはいえ、人生の 中で初めて「決断」というものを迫られた一瞬ではなかったでしょうか?それは救いのない「負」の決断ではあり ましたが・・  一太刀浴びて逃げまどうお吉。灯りも消え、暗闇の中、油で濡れた粘液のような中を追いつめるよへいくん。 誰からも「自分の思うようには愛されたことのない」よへいくんの歪んだ形ではあれ、「何かを自分で決断して手に いれたい」と思った初めての経験ではなかったでしょうか? 滑ってのたうちながら次第次第に追いつめる快楽に酔っていくような表情。笑みの浮かぶ口元。ぎらぎらと光る瞳 白粉に照明で青白く見える顔ですが、頬を紅潮させているような錯覚を起こさせるよへいくんの顔でした。 この性的なものを暗示させるような場面でも、嫌らしさのかけらもない、色っぽさは濃厚なのに嫌悪感を抱かせず 一種、陶酔感さえ感じさせるものは仁左衛門の資質と歌舞伎というものの不可思議なしかし、年月をかけて磨き抜か れてきた魔法と言えましょう。  とどめを刺したよへいくんは我に返り震えながらもお吉の屍骸から戸棚の鍵をとり金を奪って、逃げていきます。
 今回、殺し場を一番期待していたのですが、油(もどき)まみれで着物はだけまくるちょー色っぽい仁左さまを。 そして狂気の瞳の美しさと・・・確かに期待どおりではありましたが実を言うと自分でも思いがけなかったのですが 両親の愛情というものにホロリとさせられました。それが間違った(判定する基準はないけれど)愛情でけっして よへいくんには届かなかった愛情ですが・・初めてその愛に触れたよへいくんは皮肉にもその愛ゆえに殺人をおかして しまう・・・切ないです・・・  二条城の清正の感想より長くなってしまった・・・(^^;駄文、誤字、脱字 ご容赦を。 *横むきに寝そべるよへいくんのふくらはぎあたりをポンポン  22日に観劇したときは太もものあたりだった。勘違いだったかしらん? ♪寝ても醒めても表紙へ♪

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