言うに言われずやむにやまれず・・・


 2002年 9月 1日  歌舞伎座 夜の部


 ♪だ〜ば〜だ〜だばだばだ〜だばだばだ〜♪ちがーう! 女神と使徒でなく、人間の男と女に見えました。  言うに言われずやむにやまれず・・・ってことなんでしょうねえ。惚れるってことは。 美しいとか可愛いとか、理由は色々つけられても、惚れるってことは、特に一目惚れには、 理由なんかないのでしょう。天災に遭遇したのと同じですね。雷にうたれたよう。とはよく、 言ったものです。
 正直に告白しますと、楽しみでしたがちょっと不安でした。それは、雀右衛門さんの八ツ橋 です。いえ、雀右衛門さんは大好きです。初めて観た、吉さま舞台も雀右衛門さんとコンビ でしたし、可愛く、可憐で、色っぽい、好きなタイプのお顔ですし。しかし、トークショーで 吉さまもおっしゃっていたように、女性に年は・・・・・・ですが・・・・・・しかも、この残暑、 くわうるにあの、鬘に衣装に花魁下駄。壮年でも若くても大変です。そして、確かに、足元がちょっと ハラハラするのです。んが、しかーし、上手から肩かし若い衆の肩に手を乗せて表れた彼女は 綺麗でした。華やかでした。あでやかでしたし、可憐でしたし、品もあったし、可愛くもあり ました。おそるべし、ジャック。(ジャッキー?)それを奇跡と呼ぶのはたやすいんですが、 永年の努力、日常の鍛練の賜物であることは、言うまでもないでしょう。それでも、すごい奇跡的ですけど。 前回、松竹座で観たときはそう感じなかったのですが、やはり、歌舞伎座は間口がひっろい。 花道も長い。立ち座りにはらはらすることをのぞけば、私にとっては、福助さん八ツ橋より 愛せる八ツ橋さんでした。はい。
 まず、対等の男と女になっていまして、じろざさんが、ナマ身の男の人に見えました。もち ろん、田舎の素朴な、裕福な商人の、朴訥さや、鷹揚さや、人のよさや、腰の低さ、イノセン トさもそのまま、恋する男なじろざさんでした。それも、前回に私が感じたのとは違う、女神 を崇める、使徒のようでなく、もちろん、八ツ橋に惚れて惚れて、宝物のように大事に思って いて、まあ、溺愛してるには違いないんですけど、なぜなんでしょ?ナマ身の男で、ほろ苦く 大人でした。(前回がお子ちゃまだったわけではない)今紀文と呼ばれるお大尽になって、田 舎の商売仲間を連れて花道をやってくるときも、ちゃんと廓であすぶ人に見えましたし、揚屋 で、八ツ橋がやってきてくれたときの喜びようも可愛くも、大人でした。セリフや動きが変わっ たわけではないのになぜなのか? やはり八ツ橋役者の力かなあなんて、思います。ちゃんと愛せる八ツ橋になっているというこ とでしょうか。それと、淫蕩には見えない可憐な八ツ橋なんですけども、その色気というものは、 なんて言うんでしょ?いろけむし?フェロモン?じろざさんとの間に溢れるフェロモン。愛欲の 匂い。衝撃でした。はい。吃又のときの又平、おとくコンビにも溢れまくっていたフェロモンが。 これは、舞台の相性というものかな?それでいて、この八ツ橋は、かわいそうな八ツ橋なんです わなあ。商売を商売と割り切ってるわけでもなく、栄之丞の愛情を100%、信じているわけで もないんだけど、ずるずると。。八ツ橋は、じろざさんに惚れてはいなかったでしょうけれども、 好きではあったでしょう。いい人だし、優しいし、一途だし、素直だし、真面目だし、金離れは いいし、好きではあっても惚れていない。  でも、愛想づかしする前からすんごい悪いなあとは感じている。まあ、にくったらしいの は、おやはんとかの釣鐘ごんべーなんですけども、この八ツ橋あればこそ、茶屋で、「これ は売り物買い物だから、わしがこぬときお買いなさいよぉ」などという、照れ隠しの冗談だと しても、(こりゃ、許せん)な発言をしても、その前に、「あまり、八ツ橋を褒めるとじろざ どのが焼きもちを焼く」と言う、商売仲間の言葉の意味がとっても実感されます。つまり、嫉 妬の裏返しなんですね。
 そして、愛想づかし縁切りでも、生身の男として、商売仲間やあすび先の面々、つまり、 大勢の前で愛想づかしされることへの恥辱がとってもわかりました。それは、人間の“男” という生き物の証明のようでもあります。あくまでも、神ががりのよな幸福でなく、現世 での幸福の頂点にきた。それを崩されたとなれば、その現世の証人の前で否定されては、 じろざさんの恥辱、怒りはもってしるべしでしょう。と、それをも上回る嫉妬の念ですね。 「それでは、間夫ゆえ愛想づかし!」と栄之丞に気づいたあとのこのセリフで、あ、恥辱と 嫉妬が殺人の動機なんだなって実感できました。前のは、あまりにもいい人でいい人でいい人 でイノセントで、無邪気とも見えるじろざさんで、偶像を壊されたための教祖暗殺みたいな感 が強かったのですが、(それも天使のよで◯でしたが。)生身の男女として、恥辱と嫉妬が動 機だったんですねぇ。 人間の女として、男の人を心底傷つけてはいけないのだなあとしみじみ。 それゆえに、なんていうんでしょ。かなり、身につまされます。というか、共感度が高くなる といいますか、感情移入が深くなるというか、物語世界に入りこめすぎちゃって、その世界で、 現実の男として、優しかったり怒ったり、喜んだり、可愛かったり、恐かったりなので、とっ てもドキドキしてしまいます。なんだか、とっても男らしい野生のじろざえもんでした。ああた、 最後に、刀をイッちゃった目で見つめているじろざさんは、心底、恐ろしかったです。恐ろしく て哀しくて空虚でした。吉さま舞台を観て、まだ涙を流せたことのない私ですが、マジで背筋 が震えました。
 また、、初日のせいもあるのか、全体に松竹座上演時より、サラサラした印象がありました。 それゆえに、現実っぽいというのかリアル感が増幅してました。 そして、吉さまもジャック(ジャッキー?)も、あくまでも古典や型を死守しながら、感じさせ るリアルさといいますか、不変な“何か”といいますか、芸質というか体質に共鳴しあうものがあるのでは? と思いましたです。はい。 と、伝統文化放送の番組「芸に生きる」で雀右衛門さん曰く「かわいい女でないと。愛想づかしし ようが縁切りしようが、なんだあんなの憎らしいと思われるようではダメ、あくまでもかわいい 八ツ橋でいないと。」だそうです。それと、「かわいそう」だと思われなければいけないと。 大成功です。はい。 福助さんのは、人は悪くないんだけども 「ま、しょーがないかあ。だって、えーのじょーが責めるしぃ。」みたいな “あっけらかん”な八ツ橋に見える。哀しみも嘘じゃないんだけど、 ニンは、八幡祭の美代吉みたいのが、よりいっそう合うんじゃないかな。 雀右衛門さんの八ツ橋は、 もんのすごく、じろざさんに悪いことをしているんだと 自覚ありまくりの、それなのに、心ならずも・・・ な、自虐的Mな八ツ橋に見えました。ひきずられていく女の人の哀しさって いうかな。 そんなわけで、もうすでに禁になっていない、初日観劇だったのですが満足でした。 でも、やはり、ハラハラはしました。間口が広く、花道も長いので、見染めがすんで 花道をひっこむ時間がひっじょーに長くて、見とれているじろざさんの、口ぽかーーーんの 表情が長過ぎです。口ぽかーんから、笑いを帯びた口ぽかーんにもっていくまでの 時間が間延び気味です。 愛想づかし後の座敷を去っていくときも、時間がかかるので、じろざさんのうなだれ つっぷし時間が長いです。頭に血が下がってしまいそうです。それよりも、いくら、 自責の念があり、じろざさんが気の毒だなあと思っていても、愛想づかしのあとなんで すから、も少しささっと座敷を出ないと緊迫感が途切れるような気がしなくもないです。 でも、日を追うにつれて、物理的な時間は短縮できなくても、見ている気持ちが短く 感じるようにあったまってくると期待がもてます。  残暑がきびしすぎるので、御出演者一同 体調を崩されないことを祈ります。 と、愛想づかしされて、なぜ、じろざさんは、あそこまで耐えたんだろ? まさか、あの場で、今は怒ってないふりして、油断させて後で恨みはらそうと 考えたわけではないだろうし。怒ればよけいにみっともないという、美学と いうか、見栄なんでしょうか? 次回、そこんとこ注目して観てこようと思います。